日本に、遺伝子工学やAIやITと人間を融合させ、不老不死を目指しすべての人が幸福になる世界を目指すトランスヒューマン協会がるようだ。
この協会の宣言をよんでいると。一見すばらしいようにおもうが、それぞれを何故、何と問うていくと。ユートピア的、楽観的になかなかなれない。
スタートレックの宇宙大作戦にエピソード「宇宙の帝王(Space Seed)」に登場する優生人類を具現しようとする団体のように感じてします。
アメリカにはトランスヒューマン党があり、2016アメリカ大統領選にトランスヒューマニスト党から、ゾルタン・イシュトヴァン(Zoltan Istvan Gyurko, 1973-)が立候補している。トランプとクリントンにスポットがあてられ、ゾルタンの主張などは、日本には一切知れてないが、民主共和両党以外に立候補している人もいる。
さておき、日本のトランスヒューマニスト協会は前にも述べたが、宣言をだしている。
協会のWebページに次のように書かれているので紹介する。
日本トランスヒューマニスト協会で採択した宣言が以下となります。
1. 老化、病気、怪我などの不随意の苦しみを克服することを努力します。
2. あらゆることへの盲信的な信仰をやめ、中立的な立場を心がけながら、純粋な知の探求を行い、真理を目指します。
3. 自らの向上と成長を約束し、社会の変化に対応することで種としての進化を目指します。
4.強制と抑圧は、絶望、怒り、復讐、革命につながることを理解し、人々の自発性を尊重します
我々は以上をトランスヒューマニスト宣言とし、これらを守ります。
このように宣言し、トランスヒューマニストとは、以下のように述べ美徳だとしている。
科学技術で積極的に人間を改良するという思想は、一聞すると非常に非人道的で冷酷な考えのように感じることでしょう。生命の冒涜だと捉える方もいるかもしれません。しかしトランスヒューマニズムの本質は、生命の抑制ではなく促進です。科学技術の力によって病気や障害のみならず老化や死までをも克服し、生きていることの喜びを最大限に感受できるようになること。だれもが生きていることの素晴らしさを実感できるようになること。生という貴重で美しい体験をあらゆる手段をもって保護・保存すること。これこそがトランスヒューマニズムの基礎をなす考え方です。トランスヒューマニストとはすなわち、「生命への愛」により定義される人々なのです。
しかし、私には、「宇宙大作戦」の優生人類のカーン・ノニエン・シンや、「宇宙大作戦」以降のシリーズに登場するキャラクターに、生体にAIや機械を埋め込み強化したボーグが登場するが、劣った異星人は無視し、有益な異星人は同化していく、機械人間ボーグを思わせる。
肉体的にも精神的にも知能的にも、遺伝子工学とテクノロジーで強化された人類は。強化されていない人間を劣ったものっとして見下すようになる。そのような優生人類は傲慢で尊大、狡猾になり、他者に対して非常に高圧的になり、そして地球の劣った人類を抹殺して地球を支配しようとするのが、カーンの考えであり、ボーグの考えです。このトランスヒューマニズムは、優生思想に陥ってしまう恐れがる。と言うより陥っていると私は考える。
欧州で20世紀初めにIQの低い人が子どもを作る権利を制限する法律があるったことや、ナチスが優生政策により、劣った民族を全滅させよとし、劣等民族に医学実験を行なっていたこと。戦前朝鮮半島を併合し朝鮮民族の同化政策をとり見下したこと。満州に傀儡政権を作り支配しようとしたこと。さらに、最近まで日本でも優生保護法があり、戦後多くの人が断種をさせれれた事実がある。このトランスヒューマニズムは新しい優生主義と言えるものだ。
いま、日本では羊水検査によて生まれてくる子どもがダウン症であるかないかが判る検査の実施の有無について議論されている。検査によりダウン症だとなれば、両親は中絶を選ぶ可能性もある。ある学者は、「旧い優生学は適者を繁殖さで、不適者を排除するために淘汰し続けた。新しい優生学は、原則的に、不適者を見な最高のレヴェルの遺伝形質に変えよとする」(「人間の終わり」フランシス・フクヤマ P103 ダイヤモンド社)と言っていいることを、フクヤマは紹介している。これは新しい優生思想といえるだろうか、国家権力でナチのおこないと、個人での劣者の抹消のおこないとは差がなく、個人だから正当化されると言えるだろうか。
もともと羊水検査は生まれてくる子どもが障碍があるなら、生まれてからその障碍に対する準備をするのではなく、生まれる前から障碍者の特性を知り子どもを育てる心構えなどの準備ができる。また行政の福祉支援システムを知り、障碍者団体や親の会などに子どもが生まれる前からそれに関わり、生まれてくる子どもを支援するために、この生前の羊水検査を活用するために実施されるべきです。
トランスヒューマニズムは非常に危険な考えです。
トランスヒューマニズムは、科学技術により現在の人間の形態や限界を超克した知的生命への進化の継続と加速を追及する考えはよいのだろうか。
人を劣性遺伝子を除去したり、優勢遺伝子だけを集めたり、ゲノム編集による遺伝子操作。また人の体に機械をインプラントしたり、薬物を使って人の特性を変えるて、人をより長生きでき値のも体力も強化しようとするのは、倫理的に正しいことだろうか、
遺伝子操作を受けていない人や機械をインプラントしていない人は劣った者とされ、役立たずの人間と差別されたりする。また遺伝子操作やインプラントできるのは一部の裕福な人で、中流や下層の人たちはそのような恩恵を受けられずますます、一部の上層の人とそれ以外に層の人との格差が広がっていき、超人類と下層人類とに分かれてしまうのではないか、20万年前に、ある新人から分かれてホモ・サピエンス登場して、いま、新たにネオ・ホモサピエンスが登場使用としているのか。「サピエンス全史」の著者ヒラリは、それをホモ・デウスと名付けているが、いま、地球の生物史で新たな種が生まれようとしている。
そして過去の地球の生物史で、過去に登場した人類は、ホモ・サピエンス以外は絶滅している。現在ホモサピエンスである私たち人間が、地球の生物の頂点に立ち君臨しているように、私たちホモ・サピエンスは絶えてしまい、あらたにホモ・デウスのみがこの地球に君臨しているだろう。
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